オーストラリアの都市で、名前が一番知られているのは、シドニーでしょう。そして、二番目はメルボルン。
では、オーストラリアの首都はシドニー?
いいえ、違います。シドニーはオーストラリアの経済の中心地ですが、首都ではありません。
では、首都はメルボルン?
それも、違います。メルボルンには古い建物が多くあり、オーストラリアの文化や芸術の中心ですが、首都ではありません。
オーストラリアの首都は、キャンベラです。
オーストラリアの首都を決める際に、シドニー派とメルボルン派が争ったため、そのどちらでもない場所を首都として選んだ、という説を聞いたことがあります。
その説が本当か、調べてみました。
キャンベラが首都に選ばれた経緯
オーストラリアが現在のような「国」になる前は、オーストラリア大陸には、イギリスの植民地が複数ありました。
それぞれの植民地は独自の行政、貿易、関税システムを有しており、独立への気運が高まっていました。
19世紀の終わり頃、諸外国による侵略の恐れがあり、それに対抗するために、植民地同士で団結する必要がある、ということで意見が一致し、連邦政府の設立へと動き始めました。
この決定にともない、首都が必要になりました。
当時から主要都市であった、シドニーとメルボルンは、どちらも自分たちが首都になることを望んでいました。
2都市間で争った結果、シドニーがあるニューサウスウェールズ州に首都をおくことが決まりました。
が、その交換条件として、首都となる土地は、シドニーから100マイル(160km)以上離れていなければならない、ということも決定されました。
首都に適切な場所を探し、決定するまで、多くの候補地が検討され、10年ほどの年月が費やされました。
最終的に、キャンベラに決定しましたが、その理由として、防犯上、遠くまで見渡せる場所であること、水源へのアクセスがあること、衛生問題をクリアしていること、などがあげられました。
そして、ニューサウスウェールズ州内にあったキャンベラは、ニューサウスウェールズ州政府が土地を割譲し、Federal Capital Territory となりました。その後、1938年に、現在の名称である Australia Capital Territory(ACT) に改められました。
(参考サイト:Government Records about the Australian Capital Territory, National Archives of Australia )
以上が、キャンベラが首都になった理由と、大まかな経緯です。
「シドニー派とメルボルン派が争ったために、別の場所を首都にした」というのは本当でしたね。
キャンベラへは、日本からは国際線のフライトは就航されておらず、知名度もあまり高くありません。
実は、キャンベラの国際空港へのフライトがない国は、日本だけではありません。
2018年7月現在、キャンベラ空港へ就航している航空会社は、シンガポール航空とカタール航空の2社のみです。つまり、キャンベラに直行便が飛んでいる国は、世界でも2か国しかないということです。
キャンベラが属する地域の行政機関が、多くの航空会社にキャンベラへの就航を働きかけている、というニュースが、何年か前に報道されていました。
キャンベラに乗り入れる航空会社が増えれば、キャンベラの知名度も上がるかもしれませんね。
「オーストラリアの首都は、キャンベラ!」です。
オーストラリアの国旗の意味、ご存知ですか。
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